ちいろば旅倶楽部の戸隠神社参拝ツアーは春と秋に開催しています!
戸隠神社参拝と太々神楽2日間のポイント
素晴らしいご神気に包まれた戸隠神社五社(奥社、中社、宝光社、九頭竜社、火之御子社)参拝
戸隠神社の中社で太々神楽を奉納。(長野県指定無形文化財)その前に、戸隠神社・中社の清掃時間あり!
ツアーでは「戸隠神社・奥社参道並木道を地元ガイドさんと一緒に歩きます。
宿泊は戸隠人気の辻旅館!おいしいそば会席に舌鼓
鷹明亭辻旅館で宿泊!スピリチュアリスト・江原啓之さんや秋篠宮家がご宿泊されたことでも有名。ここのお蕎麦は本当においしい!それが目当てで参加の人も!?
こんなあなたにおすすめします!
戸隠神社に参拝してみたかった方
ご自身で内観をしたい方
自然の中に入りたい方
すばらしい舞の太々神楽を見てみたい方
おいしい戸隠のそば、お酒を楽しみたい方
地元ガイドさんの楽しいお話も楽しみです。
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戸隠神社ツアー 戸隠五社参拝と太々神楽奉納
~奥社参道並木道を歩きます~
戸隠神社の奥社、中社、宝光社、九頭竜社、火之御子社の五社を参拝し、中社にて太々神楽を奉納します。
春先の4月もまだ雪の残る戸隠。戸隠は峻厳な自然のなかにあります。
険しい山々や過酷な風雪によって、人の目から隠されるように封印され、太古のエナジーそのままの形で保ってきたことが、今も残る聖地の神秘性につながっています。
戸隠神社は今もご神霊やその土地を護ってきた人霊の鎮まる聖地です。
「天岩戸伝説」と密接な関係を持つ聖地・戸隠での静かで新緑の輝く初夏の2日間、辻旅館でのおいしいそば会席をいただきながら目には見えぬ神々との交流をいたしましょう。
古来の修験者の足取りを辿り、一の鳥居から歩きます。地元ガイドさんが一緒なので、戸隠の自然にある植物や鳥、そしてご祭神のお話を聴きながらご自身を癒す時間としてもどうぞ。
あなたの参加を、心よりお待ちしています。
まだ会員登録していない方はぜひ登録しましょう!
戸隠神社とは?
戸隠神社を参拝し、中社と呼ばれるご社殿の前に立ったとき、ぼくには戸隠神社のご神霊の存在がはっきりと感じ取れました。その崇高さは、まさに神々の英知に満ちたものであり、霊的なパワーのすべてが、自ずと内包されていたのです。戸隠神社こそが、すべての人たちに生きることの真理をお示しくださる、真の聖地だと思います。
『江原啓之 神紀行 関東・中部』江原啓之著 マガジンハウスより
戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。
明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。
戸隠神社ホームページより抜粋
戸隠神社は「天岩戸伝説」と密接な関係を持つ由緒正しい神社です。神代の昔、スサノオノミコトの乱暴をお怒りになったアマテラスオオミカミが天岩戸にお隠れになったとき、アメノタヂカラオノミコトの神様が無双の神力で中か開きかけた天の岩戸をこじあけ、日の光を取り戻しました。そして再びアマテラスオオミカミがお隠れになることのないよう、アメノタヂカラオノミコトは天岩戸をはるか遠くに投げ捨てます。この岩戸こそ、戸隠山だといいます。
<中 社>
ご祭神は天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)。素戔嗚尊の度重なる非行に天照大神が天岩戸にお隠れになった時、岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作ったという神です。学業成就・商売繁盛・開運・厄除・家内安全に御神徳があります。社殿天井には平成15年に復元された狩野派の天才絵師、河鍋暁斎によって描かれた「龍の天井絵」があります。また、境内には樹齢700年を超えるご神木、樹齢800年を超える三本杉があり、戸隠神社の社務所が置かれています。(戸隠神社ホームページより)~人が生きる道を見つけ出だせる場所~
天岩戸を開く方法を考え出したといわれる、アメノヤゴコロオモオイカネノミコトを祀る社殿。奥社と宝光社の間に位置し、奥社からオモイカネノミコトは分詞する形で創建された。オモイカネノミコトは、一般的には学問のご神徳のある神様とされているが、戸隠神社のご神霊は、単なる学問にとどまらず、神の英知を指し示してくださるはず。
(江原啓之『江原啓之 神紀行』マガジンハウスより)
<奥 社>
ご祭神は天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)。日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、天の岩戸をお開きになった天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎した事に始まります。戸隠神社の御本社として全国に開運、心願成就、五穀豊熟、スポーツ必勝などの御神徳が広宣され多くの崇敬者が登拝されます。参道は約半里(2キロ)、中程には萱葺きの赤い随神門があり、その先は天然記念物にも指定されている樹齢約400年を超える杉並木が続いています。
~疲れた心と体を癒してくれるはず。~
戸隠神社の本社にあたる奥社は、“学問行者”が道場として築いた伽藍が起源だと伝えられている。昭和37年と昭和53年の2度までも、雪崩のために社殿が倒壊し、その都度、神社関係者の懸命の努力によって再建されている。戸隠の自然の厳しさを象徴するような災禍だが、それもまた「神からの学びの機会」なのだろう。(江原啓之『江原啓之 神紀行』マガジンハウスより)
随神門
奥社へ続く杉並木は圧巻!
<宝光社>
ご祭神は天表春命(あめのうわはるのみこと)。杉の古木の中、270余段の石段を登ると神仏習合時代の面影を残す荘厳な社殿があり、その荘厳さは多くの信者の尊信を集めています。祭神は中社祭神の御子神様で、開拓学問技芸裁縫の神・安産の神・女性や子供の守り神として御神徳があります。(戸隠神社ホームページより)
~建築物としての価値も見逃せない~
社伝によると、後冷泉天皇の時代、奥社から5kmほど離れた土地にあった大樹の梢から、光を放つご神体が見つかったそう。このため、大樹のそばに庵を結び、奥社からオモイカネノミコトの子であるアメノウワハルノミコトを分祀して、お祀りしたと伝えられている。現在の社殿は、神仏習合時代に建立されたもので、寺院建築の影響が色濃く表れている。(江原啓之『江原啓之 神紀行』マガジンハウスより)
宝光社のなが~い階段。でもとても神々しい。
<九頭龍社>
ご祭神は九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)。鎮座の年月不明ですが、天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎され、心願成就の御神徳高く特別なる信仰を集め、また古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結の神として尊信されています。(戸隠神社ホームページより)
~古来の神の存在を感じさせる空気感~
いつの時代に祀られたのか、鎮座の年月は不明。アメノタヂカラオノミコトが奉斎される以前から、戸隠一帯で信仰を集めていた土地神をお祀りした社が、現代に伝わったものだ。ご祭神であるクズリュウノオオカミは、古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神としての霊験があると信じられてきた。水神から転じ、農業の神とも言われている。(江原啓之『江原啓之 神紀行』マガジンハウスより)
<火之御子社>
ご祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)。承徳二年(1098)頃の創建で、岩戸の前で舞われた天鈿女命が主祭神で他に三柱の神様をお祀りされています。戸隠山の神様が神仏習合されていた当時も、このお社だけは神社として終始しておりました。戸隠神社太々御神楽は、この神社に仕えていた社人によって古来より伝えられ現在に至っております。舞楽芸能の神、縁結の神、火防の神として尊崇されております。境内には樹齢500年を超える『結びの杉(二本杉)』と有名な西行桜があります。(戸隠神社ホームページより)
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太々神楽を奉納します(長野県指定無形文化財)
戸隠神社の男性神職さんが舞う、大変めずらしいお神楽です。地元の女の子供さんの舞もとてもかわいくて良いですよ。早朝のお神楽です。風邪を引かないように上着持参でお願いします。早朝のすばらしいご神気のミストの中社で、お神楽を奉納します。
これから太々神楽を奉納するところ
全国各地に様々な「神楽」が伝わっていますが、戸隠もまた「神楽」と縁が深い地です。
戸隠神社にお祀りされている神々は日本神話の「天の岩戸開き」にご関係のある神様です。 岩戸に隠れてしまった天照大御神に再びお出ましいただくために岩戸の前で天鈿女命(火之御子社祭神)が舞い踊ったのが 「神楽」の始まりといわれております。
戸隠神社に伝わる太々神楽は諸悪や災いを打ち払う舞、水を司る神に扮して五穀豊穣を祈る舞、愛らしい巫子の舞、 そして天の岩戸開きにちなんだ舞など、全部で10種類(座)の舞があります。(戸隠神社ホームページより抜粋)
~神職さんからいただきました太々神楽の際の注意点~
※ツアーではお神楽は10種類ではありません。約1時間の神楽を奉納します。
※太々神楽のあとは朝食で宿にいったん戻ります。そのあと奥社へ行きます。お神楽の際の服装は普段の服装でも大丈夫ですが、肌を露出する、サンダルを履くなどラフな服装にならないようにお願いします。宿を出る前に皆さんの服装を一度チェックしますのでご了承下さい。(ジャージは不可とさせていただきます)
※戸隠神社の神様の扉が開かれる際は見てはいけませんのでご注意下さい。頭をさげているときは頭を下げたままでお願いします。
~歩く予定のところ~
【歩く予定のところ】
■ツアー初日:奥社参道入り口~随神門~杉の木立~奥社、九頭龍社~森の中散策~お寺など~辻旅館(約4時間※ガイドさん同行)
■2日目:辻旅館~(神の道)~宝光社~火之御子社~中社~辻旅館(午前中)
※奥社のご朱印は大変混雑します。到着したら、一番にご朱印の列に並んでください。
戸隠ツアーでは歩きますので歩きやすい靴、帽子の用意をお願いします。歩きは厳しいものではありませんが、奥社に向かう最後のところのみ坂になっています。それ以外は平坦な道が多いです。
ツアー1日目は奥宮の参道を歩き、奥宮、九頭竜社を参拝したら、辻旅館まで歩いて帰ります。途中、お寺やその他、見所にも立ち寄りながら歩きます。
宝光社からの神の道途中にある木
気持ちのいい森の中を歩きます。
戸隠古道を一の鳥居から歩くことも(歩きは初心者向け)
一の鳥居
戸隠古道の一部である一の鳥居から歩くツアーもあります。一の鳥居~宝光社~火之御子社~辻旅館まで。奥社には翌日に歩きます。奥社は最後のところが少しきつい坂があるぐらいです。ツアー初日は現地ガイドさんが同行します。史跡はもちろんのこと、植物やめずらしい鳥も戸隠の自然で見ることができるかもしれません。そして参道にはあちこちに講堂跡があり、当時の修験たちの足跡を感じることができます。聖地に流れる霊気を胸いっぱいに吸って、ゆっくり内観することをおすすめします。平坦な道が多いので初心者向けです。
軽く運動をして歩きます!
清々しい神道も歩きます。
【歩く予定のところ(例)】※天候により変更になる場合があります
■ツアー初日:一の鳥居~宝光社~火之御子社~辻旅館(4時間ぐらい歩きます。初心者向け、宝光社周辺で上りあり)
■2日目:辻旅館~奥社、九頭龍社~奥社参道入り口(約3時間。奥社へは最後が歩きが若干きついところもあり)
※中社は太々神楽の際に参拝に参ります。
※奥社は御朱印が大変混むため、ご朱印希望の方は参拝前に預けるなどしてください。送迎の車の時間もあるため、時間厳守でお願いします。
柱松神事の見学も(3年に一度)
柱松神事(別名紫燈神事)の歴史は、古く鎌倉時代にさかのぼります。江戸時代末期、故あって中断され現在にいたっていましたが、平成十五年の式年大祭を機に復活されました。
柱松神事は八月の例祭の折、三本の幣束を杉の葉の火にかざす「火祭」の中にわずかにその名残をとどめていました。これを出来る限り正確に復活するため資料収集や文献調査を行い、また、他所に残る同様の神事についても研究調査を重ね柱松神事を復活させました。柱松神事は「特別祈祷祭」「行列」「柱松山伏(松山伏)の入峰修行」「験比べ」「火祭り」「直会」に五つの流れに組み立てられています。
戸隠独特の根曲竹や木で作られた柱松に火をつけ、世情を占うという勇壮な火祭りは必見です。
おいし~い戸隠そばが楽しみ!
辻旅館の戸隠そばはとってもおいしい!蕎麦づくしの会席を楽しみにツアーに参加する人も。また戸隠のおいしい日本酒もあって、ここのお食事は楽しくなります♪(笑)
ご主人の辻さんから料理の説明を受けています。辻さんは戸隠神社の神職さんです。
※以下はツアーでのメニューです。(一例です)
【文月蕎麦会席献立】
先付 深山大蒜
八寸 鮎うるかのそばの実添え
海老 枝豆 筍の木の芽味噌 蕎麦団子
小鉢 蕗の薹 茄子 貝紐の白和え
丘ひじき ズッキーニ 蕎麦の黄味酢かけ
向付 川鱒の昆布〆
お凌ぎ 戸隠小町そばがき
蒸し物 そばの実の白蒸し 大鱸 青紅葉麩 行者大蒜
煮物 信濃蒸し 丸茄子 隠元 ラディッシュ
皿 蕎麦真丈のみたらし餡かけ 酢橋 生姜
油物 雪笹 浅葱 林檎 茄子 もろっこ隠元
酢物 長芋 蕎麦 蕗の薹 おくら
蕎麦 戸隠在来種手打ち蕎麦
汁物 えら(深山刺草)の卵とじ 生麩 ズッキーニ
香の物 野沢菜
御飯 頚城板倉産こしひかり
甘味 蕎麦のアイスクリーム
蕎麦茶
そばの味が濃い~アイスクリームはもう少し食べたいぐらい。
行く前に読んでいくといいもの、書籍のご紹介
戸隠に関わる神話といえば、「天岩戸伝説」。ちいろば企画でも「あまのいわと」の漫画本を持って行くので参拝前に読んでおいてください。そして江原啓之さんの書籍もおすすめです。
「昔、天照大神が、弟の素戔鳴尊の乱暴を怒って天の岩屋へお入りになってしまわれました。世の中は真っ暗闇になり、いろいろの悪い神々が出てきて、恐ろしいことや、悲しいことが次々におこりました。このホームページに書かれている内容は、以下の書籍を参考にして書かれています。
大勢の神様たちは、岩屋の前に集まって、天照大神に岩屋から御出でになっていただくにはどうしたらいいだろうかと、相談をしました。その時、戸隠神社の中社にお祀りされている天八意思兼命が「良いことを思いついた。私たちが岩戸の前で踊ったり歌ったりして楽しそうにしていると、きっと天照大神様は、『あの者たちは何をしているのだろう』とおのぞきになるにちがいありません、・・・」と知恵をしぼって考えをだされました。
天八意思兼命のお考えにもとづいて、神様たちは準備をしました。まず鶏を沢山集めて鳴かせました。火之御子社に祀ってある天鈿女命(あめのうずめのみこと)の命は大変踊りの上手な神様ですが、この神様が伏せた桶の上にのって足拍子も面白く「とんとん、とととん、と」と踊りました。大勢の神様も「やんや、やんや」と手拍子をうってこれに応えました。
天八意思兼命が「コケコッコー」と長鳴鶏の鳴き声をまねると、沢山の鶏は一斉にコケコッコーと鳴きだしました。天鈿女命の踊りがあまりに面白いので、神様たちも「わっははは」「おっほほほ」と笑ったりつられて踊りだしたりしました。
岩屋のなかの天照大神は何事がおきたのかと、そっと岩戸をあけて外をご覧になりました。
その時岩戸のかげで待ち構えていた天手力雄命(奥社にお祀りしてある神様)が岩戸に手をかけ一気にガラガラと渾身の力を込めて、岩戸をあけてしまわれ、天照大神を岩屋からお出ししました。
世の中は再び明るくなり、悪い神々は、にげ去りました。天手力雄命は、また天照大神が岩戸にお入りになってはたいへんと、岩戸を「エイッ」と持ち上げ下界へなげすてて仕舞われました。岩戸は宙を飛んで日本のだいたい真ん中に落ちました・・・・・・。
この時、天手力雄命が放り投げたのが「戸隠山」であるという話は、日本の神話として昔から語りつたえられており、この岩戸伝説と同じような話が、戸隠の古い記録である「戸隠山顕光寺流記」や「戸隠本院昔事縁起」にも記されいます。(戸隠神社ホームページより抜粋)
江原啓之神紀行5 関東・中部 (スピリチュアル・サンクチュアリシリーズ)
奥社へ行く途中の寄り道にある神々しい木