走水神社と小桜神社・オトタチバナヒメと小桜姫の元に訪れる日帰り参拝の旅
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走水神社(神奈川県・横須賀市)
ご祭神はヤマトタケルノミコトとオトタチバナヒメノミコト。
ヤマトタケルノミコトが船で上総へ渡ろうとしたとき暴風雨に阻まれ、立ち往生してしまったとき、同行していたオトタチバナヒメノミコトが自ら入水して海神の怒りを鎮め、航海の安全を図ったという伝説があります。


小桜神社 通称・若宮神社(神奈川県・三浦市)
ご祭神は「小桜姫」。『霊界通信・小桜姫物語』を読んで訪れる人が増えています。書籍を読んで参拝することをおすすめします。

走水神社のご祭神はオトタチバナヒメノミコト。ヤマトタケルノミコトのお后です。
そして『霊界通信・小桜姫物語』の主人公である小桜姫。
小桜姫がご祭神といわれる若宮神社。
オトタチバナヒメ・小桜姫の共通点は、「夫を大切にし、夫に尽くした女性たち」です。
『霊界通信・小桜姫物語』では、このお二人があの世での修行中、会ってお話している場面があります。
オトタチバナヒメの話は神話にも出てくるのですが、この本を読んで私は鳥肌が立ちました。
オトタチバナヒメノミコトの神話は、本の内容からすれば本当の話だからです。
このお2人がご祭神そしてゆかりの地という神社をたずね、人としての真の強さとは?夫婦とは?そして女性として幸せに生きることの意味を考えませんか。
走水神社での正式参拝で普段の罪・穢れを祓っていただき、オトタチバナヒメノミコト・小桜姫のように愛情深い、真心ある女性になれるよう、お誓いしましょう!

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■「走水神社と小桜姫ゆかりの地をたずねる日帰りツアー」のポイント
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ヤマトタケルノミコト、オトタチバナヒメノミコトが祀られる走水神社参拝&正式参拝

小桜姫が祀られる小桜神社参拝

西叶神社東叶神社参拝

西叶神社と東叶神社の間にある渡り舟乗船

ランチは海のすぐそばにあるリゾートホテル「京急観音崎ホテル」でランチビュッフェ

貸切マイクロバスでラクラク移動

小桜姫が居城していた「新井城跡」

バスの中で、ちいろば企画の榎本が『小桜姫物語』の大切なポイントをお伝えします

小桜神社参拝後、小桜姫も見たであろう海岸で浄化タイム(状況により行けない場合あり)


ツアー説明会で小桜姫について理解を深めるための『小桜姫物語』についてお話予定。


■このツアーをきっかけに、学べること、努力の上で変われることとは?

人として「真の強さとは何か?」をお2人のご祭神から学ぶことができます

書籍を読むと神さまをより身近に感じることができるかもしれません。

魂を磨いて、いい伴侶と出会う縁を作る努力をします

女性として生まれた意味を考える機会になります

母性を磨くきっかけになります

夫婦が仲良くいることの大切さを知り、家庭円満になるための努力と実行のきっかけになります

お疲れの方には、おいしい食事と浄化パワーの海の近くで大きな気分転換になります

女性らしさを発揮して、家庭でも、お仕事でも幸せになるきっかけをつくります

幸魂(さきみたま)を増やす努力をして、母性・父性あふれる女性・男性になります

『霊界通信・小桜姫物語』を読んで心霊を学び、心の糧にすることができます

日帰りツアーで、自分を内観する時間をうみだすことができます

弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)の伝説とは?

ヤマトタケルノミコトとオトタチバナヒメノミコトのお話は、古事記、日本書紀にも記されています。

真嶺刺し、相模の小野に、燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも
さねさし さがむのおぬに もゆるひの ほなかにたちて とひしきみはも

弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)

景行天皇の御代、東征中の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、古代東海道をたどって走水の地に到着し、そこから船で上総へ渡ろうとしましたが、海上半ばで突然強い風が吹き、海は荒れ狂い、軍船は浪にもまれ進まず、あわや転覆するかの危機となりました。

ヤマトタケルノミコトに付き添って来られた弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)は、「このように海が荒れ狂うのは、海の神の荒ぶる心のなせること、私が海に入り荒ぶる神の御魂を鎮めますほどに、尊様は任務を完遂してほしい」と告げました。

そして「さねさし さがむのおぬにもゆるひの ほなかにたちて とひしきみはも」と、辞詠をのこし、菅畳八重、皮畳八重、あしぎぬ畳八重を波の上に敷いて激波に身を投じたところ、海は凪ぎ、波は静まり、ヤマトタケルノミコト一行の軍船は、水の上を走るように上総の国に到着しました。

上総、下総、常陸、日高見の国々の蝦夷を打ち平らげ都に帰る途中、碓氷坂より遥か東方に光る走りの水の海の輝きを眺め、その海に身を投じて武運を開いてくれたオトタチバナヒメノミコトを偲び、「ああ吾が妻よ」と三嘆したといいます。(吾妻・あずま)そしてこれを以って東国を東(あずま)と呼ぶようになりました。

ヤマトタケルノミコトは帰路の途中、息吹山の賊との戦いの後病にかかり、伊勢国能褒野で亡くなられました。御歳三十三歳と言われています。

以上は、奈良朝時代の初期に編纂された「古事記」「日本書記」に記されています。

■スピリチュアリスト、江原啓之さんの言葉

男性・・・理性的で物事を分析することができる反面、感性が鈍く、弱い魂
女性・・・感情的で理性には欠けがちな一方、豊かな感受性に恵まれ、強い魂


オトタチバナヒメノミコトは真に女性らしい女性、つまり誰よりも強いたましいを持った女性であることがわかります。強固な意志のままに、嵐の海に身を投げました。ヤマトタケルノミコトは、ここではオトタチバナヒメノミコトに守られ、生かされているのです。自己犠牲をいとわないオトタチバナヒメノミコトは、雄々しい男神であり、日本の神話における最大の英雄であるヤマトタケルノミコトよりも、さらに強い神様なのかしれません。

『今、いくべき聖地』 江原啓之著 マガジンハウスより
~走水神社でのほっとするところ~


かわいい河童さんが。(笑)
お水を少し汲んでいくことができます。ペットボトルのご用意も。


三ノ宮

■その他、ツアーで訪れる神社
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訪れるのはオトタチバナヒメノミコトと小桜姫がご祭神として祀られた神社そしてゆかりのある神社です。


諸磯神明社(神奈川県・三浦市)
小桜神社(若宮神社)の横にあります。小桜姫に縁のある神社と言われていますが、現在はその解釈を受け入れられておりません。そのため、小桜姫出身地に近く、縁のある神社の可能性もある神社として参拝をさせていただきます。

ご存知ですか?『霊界通信・小桜姫物語』

小桜姫物語―霊界通信
小桜姫物語―霊界通信

『霊界通信 小桜姫物語』の著者、浅野和三郎先生は東京帝国大学にてラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の指導を受けた英米文学者であり、日本の心霊科学研究の第一人者です。

浅野和三郎先生の奥様である多慶子婦人が霊媒であり、多慶子婦人の守護霊が小桜姫でもあるため、多慶子婦人の口を借りて小桜姫が霊界のしくみについて語ったもの。日本のスピリチュアリズムを語る上で欠かせない貴重な文献の1つ。

小桜姫とは足利時代の末期~室町時代、約400年前。北条早雲の大軍を相手に討ち死にした三浦一族嫡男・荒次郎義光の妻だったといわれる女性。

この本の中で、小桜姫はさまざまなことを語っています。三浦一族の滅亡に際して、深い悲しみと怒りにとらわれ、なかなか霊界での修行がすすまなかったこと。愛する夫と霊界で再会し、親しく語り合ったこと、霊格を高めるために「指導役」の神様がそばにいらっしゃること、オトタチバナヒメノミコトをはじめとする神々や、霊界で修行を積むたましいたちとの交流が、生き生きと語られています。

このお話を読むと、あの世とはどんなところなのか。なぜ人はこの世に生を受けたのか、そして霊界とこの世の関係など、さまざまな謎が解明されます。そして人は決して死して死なないことがわかります。つまり、魂は永遠ということです。

今の私たちの生き方を考えるうえでも、ひとつの指針となる書籍です。スピリチュアリズムのバイブルといっても良いでしょう。ツアーに参加される方は、読んでいかれると聖地での想像力が豊かになりますよ!

■オトタチバナヒメノミコトと小桜姫は『小桜姫物語』の中で、どんな会話をしているのでしょうか?

 『小桜姫物語』の中で、小桜姫が玉依姫のいらっしゃる龍宮を通して、オトタチバナヒメノミコトに会うお話があります。オトタチバナ
 ヒメノミコトは玉依姫の末裔であり、御分霊を受けた方と書かれています。

 小桜姫とオトタチバナヒメノミコトには、「接点」があります。それは小桜姫が嫁いだ三浦家の領地内に走水神社がありました。
 浦家ではいつも社殿を修理し、その他に心をくばっていたそうです。そのため、小桜姫も在世中に何回か走水神社を参拝していた
 そうです。その頃からすでに、オトタチバナヒメノミコトに対する敬慕の念があり、「入水されるときのお氣持ちとはどんなものだった
 のだろう」と偲び、涙を流したと書かれています。

 この本に書かれているヤマトタケルノミコトとオトタチバナヒメノミコトのご夫婦について、お2人のお見合いの様子や、ヤマトタケルノ
 ミコトの任務の際はオトタチバナヒメノミコトも同行していたこと。オトタチバナヒメノミコトは、ヤマトタケルノミコトからとても信頼され
 ていたことなどが語られています。

 そして走水の海での入水の話は本当であること。海が荒れた原因は「海神の怒り」とありますが、日本にとっての英雄と言われる
 ヤマトタケルノミコトではあっても、多くの人を殺しています。殺された人たちにとっては憎い相手となります。その憎しみが、一団
 の怨霊となって心よからぬ海神の助けもあって、暴風雨を巻き起したものと言われています。

 しかしオトタチバナヒメノミコトには涙ぐましい真剣さが宿っていました。その真心が神々に通じたからこそ、ヤマトタケルノミコトは
 無事に災難を乗り越えることが出来たと書かれています。

 ツアー前に『小桜姫物語』を読んでおくと、神さまがおよろこびになるだけでなく、霊感などなくても神様への感謝が自然とわいて
 きますよ。


『小桜姫物語』では、小桜姫は若月という名の愛馬に乗って、走水神社を参拝したと書かれています。

■走水神社や若宮神社で、あなたはどんな誓いをするでしょうか?

走水神社のご祭神はヤマトタケルノミコトとオトタチバナヒメノミコトという夫婦のご祭神

 『小桜姫物語』の書籍が好きな方、良縁祈願、そしてこのツアーではご夫婦参加もおすすめしたいと思います。

 幸せな夫婦生活とは、優れた人と結婚し、お互いが自立しながら依存することなく、助け合えることではないでしょうか。ちなみに「優れた」とは、優秀という意味ではありません。

 いい結婚相手と出会うためには、まず、自身の魂や母性・父性を磨くことが必要ですね。

 母性・父性を磨き、生涯の伴侶やさらなる家庭円満を誓いましょう!!

 なお、入水したのはオトタチバナヒメノミコト以外にもお付の女性たちが入水しています。

 その方たちが祀られたことも忘れずに御参りしましょう。

小桜神社近くの海岸でのんびり・まったり。内観も
(状況により、海岸に行けない場合があります。天候が悪い場合は行きません)

小桜神社近くにある海岸への道が通れれば、行きます。(行けない場合がありますのでご了承下さい)海岸に行けた場合は海を見ながらの浄化タイムをお楽しみください。戦国時代を生き抜いた小桜姫の苦悩や学びについて思いを馳せましょう。お昼寝したい方は波をかぶらないように気をつけてどうぞ。(^^♪


小桜姫も見たであろう景色。時代は変わっても、人の心は変わらない。


1人静かに内観の時間も。(お天気であれば)

新井城跡 ~小桜姫の三浦家の城跡~

かつて小桜姫が住んでいたお城があった場所です。小桜姫は城主・三浦道寸の息・荒次郎義光といい、その妻だったと書籍にあります。時代は足利時代の末期で20歳のときに三浦家に嫁いだとあります。三浦家の家計図には小桜姫の名前はありませんが、その理由として子どもがなかったからではないかといわれています。北条早雲に滅ぼされたため、大変な憎しみ、苦しみなどの執着を持って死んでいったことが書かれています。小桜姫が暮らしていた新井城の跡地へ行って、三浦家の歴史から学びたいせつなことをお伝えしたいと思います。




三浦道寸の墓 2010年、2017年、2018年の走水神社ツアーで訪れました。三浦道寸は小桜姫の義理の父親にあたります。三浦道寸の悲劇そして三浦道寸が残した言葉から、人生の儚さを読むことができます。

西岸 叶神社と東岸 叶神社、そして渡し船で移動

浦賀の港を挟んで東西の叶神社が向かい合っています。東西の叶神社を浦賀の港を行き来する「浦賀の渡し」で結ばれています。浦賀の渡し船とはこんな船です。


<西岸 叶神社>

叶神社は地域社会共に栄え、住民(氏子)は繁栄と平穏を神威と仰いで感謝し、不安と危惧には、祭祀を興し、神威に叶うことを信じてきました。江戸時代には、下田から奉行所が移され、奉行に任ぜられた武士は代々叶神社を崇敬し、春秋2期の大祭には、奉行自ら参詣され幣物を捧げられました。

ご祭神:誉田別尊(応神天皇)、比売大神、息長帯比売命(神功皇后) 以上併せて八幡大神

養和元年(1181)神護寺文覚上人が京都、石清水八幡宮より勧請し創建しました。
その由縁は、文覚上人が源頼朝の為に源氏再興を発願し、治承年間(1177〜1180)上総国(千葉)鹿野山に参篭しました。源氏氏神と称え奉る石清水八幡の神に祈念をし、源氏再興の本願が叶えられれば勝地を探し求め八幡の一社を建立、末永く祭祀をせんと誓いをたてました。
養和元年大願成就の前兆を感得し、社殿建立の勝地を求め、各地遍歴の末に鹿野山に相対する浦賀西岸の現在地に石清水八幡宮の神を祭祀する社宇を建立し、文治2年(1186)神の霊験により源氏再興の大願が叶うたところから、叶大明神と称するようになりました。
(叶神社ホームページより)


西岸の叶神社と走水神社は、同じ宮司さんが兼任されていらっしゃいます。


<東岸 叶神社>

御祭神:誉田別命(第15代応神天皇)

養和元年(1181)京都神護寺の僧文覚が源家の再興を発願し、石清水八幡宮を当地に勧請され、もし源氏の再興実現せし折は、永く祭祀を絶たざるべしと祈念したところに始まるとされている。その後、文治2年(1186)には源頼朝公が源家再興願意成就の意を込めて神号を改め、叶大明神と尊称されたと伝えられています。社務所の裏には井戸があり、勝海舟が咸臨丸での太平洋横断前に、この井戸で水垢離(みずごり)をした後、明神山山頂で断食をしたと伝えられています。


東岸 叶神社

お楽しみのランチは、京急観音崎ホテルのランチビュッフェ!

リゾートホテルの京急観音崎ホテルで豪華なランチビュッフェをお楽しみ下さい。1時間ゆっくり地元のパワーフードをいただきましょう。食べ終わったら、海のそばを散策もいいですね。


これからランチビュッフェでワクワク・・・♪


ランチは1時間10分ほどの時間を取っています。


海を見ながらのランチ、ランチ後の散策にホテル周りを歩いてもいいですね♪

ツアーの風景
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走水神社拝殿から見た景色


別宮


ツアーのしめくくりは小桜神社近くの海岸へ。小桜姫もかつて眺めていたかもしれませんね。


諸磯神明社、若宮神社は民家の中にたたずんでいる感じ

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