東国三社参り(鹿島神宮・香取神宮・息栖神社)2日間
~鹿島神宮の本宮と神の使いが通られた道へ~



毎年恒例新年2月に開催する東国三社ツアーです。
コースはこれ以上ないというこだわりのルートをたどります。

東国三社参りといえば、鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の3社のみに行く人が多いと思います。
しかしさらに深く鹿嶋、香取の界隈を調べていくと、この三社以外にすばらしい聖地があることを知るでしょう。ちいろば旅倶楽部ツアーでは、通常あまり人が訪れないけれど非常に重要な場所にも訪れます。

鹿島神宮の本宮と呼ばれた神社や摂社、そして鹿島神宮の神の使いの「鹿」にまつわる伝説の道をも訪れます。

毎回、貸切バスを使っての少人数限定でゆっくりと行くべき聖地を巡るスピリチュアル旅行となります。ほとんどがお1人参加です。そして、もちろん、早朝の鹿島神宮の清掃や、鹿島神宮での正式参拝はいつも通りございます。

鹿島神宮での早朝清掃は、身も心も浄化されるような気持ちよさで、誰もなかなか、終ろうとしません。(笑)

寒い季節ではありますが、春の訪れを感じながら、素晴らしいパワースポット東国三社のご神氣を実感してください。

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    これは弊社が10年以上行ってきたツアー経験とスピリチュアルな視点から神社やパワースポット等の聖地へ訪れる際に必要となる心得をまとめたものです。ぜひ、あなたの聖地旅の参考にして下さい。

東国三社とは? ~自らの道を見据え、要となる決意を支えるパワースポット~

東国三社とは、関東地方にある「鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)」「香取神宮(千葉県香取市)」「息栖神社(茨城県神栖市)」の総称です。特に鹿島神宮、香取神宮は、創建時に「神宮」と呼ばれたのは、他には伊勢神宮のみであり、格式の高さをあらわしています。

鹿島神宮、香取神宮には『古事記』『日本書紀』における葦原中国平定に関する神が祀られています。この三社が「東国三社」と併せて呼ばれるのは、それぞれに祭られる神々がアマテラスオオミカミから派遣され、オオクニヌシノミコトと話し合って国を譲るように迫った「国譲り神話」に由来していいます。

江戸時代には「下三宮参り」として、伊勢神宮参拝後にこれら三社を巡拝する慣習が存在し、「お伊勢参りのみそぎの三社参り」と呼ばれるほど篤い信仰を集めた旅でした。

東国三社参り2日間~鹿島神宮の本宮と神の使いが通られた道へ~のポイント

パワースポット東国三社(鹿島神宮・香取神宮・息栖神社)を参拝します。

タケミカヅチノカミとフツヌシノカミが上陸された明石の一の鳥居、鹿島神宮の摂社の坂戸神社、沼尾神社参拝

毎年大好評!早朝の鹿島神宮清掃

鹿島神宮での正式参拝

鹿島神宮の元宮と言われる「大生神社」参拝

大生神社の禊の場・「おもい井戸」参拝

大生神社のお祭りと鹿の関連する鹿見塚(しかみづか)

香取神宮の第一摂社「側高(そばたか)神社」参拝

鹿島の使いの鹿の伝説が残る「落書(おとしぶみ)神社」の元鎮座地へ

鹿島の神が初めて天降られ、春日へ「鹿島立ち」された重要な聖地「跡宮」物忌館址

夕食は、農家直営(鹿嶋パラダイス)のお店「らくだや」さんでちいろば旅倶楽部新年会!お鍋と飲み放題(ビール又はお茶)のコース!鹿嶋パラダイスさんは、無農薬・無肥料の農産物の生産・加工・販売をしています。ビールは自家製のヴァイツェン!)

今年は貸切バス2日間を使って旅をします


大生神社

こんなあなたにおすすめします!

自分の行く道を究めたいと願う方

不動心を養いたいと願う方

心身ともに浄化を願う方(鹿島神宮の清掃タイムあり)

決意したいことがある方

東国三社に参拝してみたい方

武道をしている方、武道の上達を願う方

コミュニケーション能力を高めたい方

古事記や日本書紀に興味のある方

食事にこだわりのある方(鹿島パラダイス直営のお店で自然栽培の野菜、自家製酵母のビールなど!)

何度も東国三社ツアーに参加の方!(今回は初で訪れるパワースポット・聖地があります)

鹿島神参拝・正式参拝・清掃
~要となる決意を支える地~

「この神宮は、まるで千古の森に囲まれるように建っているお宮であり、森林そのものが広大なご神域となっています。また、ご社殿も風格のある素晴らしいもので、全体として崇高なエナジーに満ち溢れています。長い伝統のなかで、大切に守られてきた場所だからこそ、その神秘性が少しも損なわれることなく残されているのでしょう。」

『今、いくべき聖地』 江原啓之著 マガジンハウスより

東国三社・鹿島神宮
鹿島神宮

 
要石で「不動心」を養い、決意を表明しましょう。

東国三社


鹿島神宮の清掃は毎年好評です!

常陸国一宮・鹿島神宮のご祭神は、タケミカヅチノミコト。
古事記、日本書紀の両方で「国譲り」で大国主命との交渉で登場する神様。

今年も、東国三社・鹿島神宮での正式参拝を行います。現在のところ本殿で行う予定。
鹿島神宮では、本殿の他に要石、元宮を参拝します。

そして東国三社ツアー大好評の「鹿島神宮清掃」は、身も心も癒される浄化時間!
多少の雨でも行います。(希望者のみ)

鹿島神宮内にある、森(パワースポット)も歩きますよ~!(知っている人だけ知っている)

香取神宮参拝と香取神宮・奥宮へ
~道を据えるための地~

「スピリチュアルな目で見ると、香取神宮にはさらに興味深い価値があります。鹿島神宮よりも、いっそう静けさに包まれた森林を擁し、張り詰めた緊張感の漂うこちらの神宮は、自らの心と向き合う、内省の時間を過ごすのに適したサンクチュアリです。それだけに、意を決する前の戸惑いの中にある人が、いくべき道を見据えるためには、またとない場所だと思うのです。

『今、いくべき聖地』江原啓之著 マガジンハウスより

香取神宮・東国三社
香取神宮


香取神宮の奥宮は神秘の聖地。自分を見つめる時間をここで。

東国三社・下総国一宮の香取神宮。ご祭神はフツヌシノミコト。
日本書紀の「国譲り」で登場する神様。

奥宮は大変素晴らしいパワースポット・聖地。ここでしばし時間を過ごしたいと思います。

息栖神社へ

東国三社
江戸時代には祓いの神・氣吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)が祀られていたと書かれていました。ということは、祓いの神様!?




忍潮井(おしおい)


東国三社・息栖神社のご祭神は、岐神(くなどのかみ)、アメノトリフネノカミ。どちらも、タケミナカタノカミ、フツヌシノカミを運んだ、道案内した神様がご祭神。

忍潮井は、伊勢の明星井、伏見の直井と共に日本三霊水に数えられています。左右の泉はそれぞれ女瓶、男瓶と呼ばれる瓶が据えられていて、その中から湧き出しています。

その瓶は水の澄んだときしかあらわさず、その姿が見られると幸運が舞いこんでくると言われています。

東国三社に関連する重要な訪れるパワースポット・聖地


明石の一の鳥居
タケミカヅチノミコトとフツヌシノミコトが初上陸した聖地の中の聖地。

東国三社
跡 宮(あとのみや)
タケミカヅチノミコトの荒魂が祀られたお宮。
奈良春日(春日大社)へ御分霊の際ここから鹿島立ちされたとの伝えがあります。ここも重要な聖地。


東国三社
坂戸神社
祝詞の神様・アメノコヤネノミコトを祀ります


東国三社
沼尾神社
フツヌシノカミを祀ります



大生神社(おおうじんじゃ)
ご祭神はタケミカヅチノミコト。鹿島神宮の本宮といわれています。神様は大生から奈良春日に御遷りになり、平安時代になって大生に御遷環になられ、改めて鹿島神宮に御遷りになったと言われています。この地方における最古社でその時代の特徴を良く示しており、貴重な存在。

東国三社
おもい井戸
鹿島の物忌一行が年に一度、11月15日大生神社参拝の際、ここで禊をされた所。
鹿島神宮の御手洗池と地形が似ている。


鹿見塚(しかみづか)
大生神社周辺には大生古墳群が広がります。
その一基を鹿見塚と呼びます。
物忌一行が鹿島神宮から鹿を戦闘に大生神社の祭に来たので、塚の上からその鹿を見て一行の到来を知らせたことに由来します。(時間がない場合は車窓のみとなります)





側高神社(そばたかじんじゃ)

香取神宮第一摂社。古来より祭神は神秘とされていて、明らかでない。現在は一般名称として「側高大神」と称される。『香取郡誌』によると、主祭神をタカミムスヒノカミ、カミムスヒノカミ、相殿神をアメノヒワシノミコト、フツヌシノミコト、アメノコヤネノミコト、タケミカヅチノミコト、姫御神としている。この祭神の中に忌部氏系のアメノヒワシノミコトが見られることと側高神社の成立の関係性が指摘されている。また、フツヌシノミコトの后神が祭神であるという説もあり。


落書神社(おとしぶみじんじゃ)
香取と鹿島両宮をお使いとして行き来したのは鹿であったことを示す伝説が残されています。現在、落書神社は香取神宮第一摂社側高神社に合祀されていますが、利根川を見下ろす大倉に落書神社という祠があり、伝説の鹿が祀られていました。元鎮座地には今も記念碑と榊が植えられています。

~落書神社の起こり~
その昔、香取と鹿島は広い海に隔てられていたが、神の使いの鹿はよくこの海を泳いで、今の軍用犬や伝書鳩のように、文書を口にくわえて香取と鹿島の間を届ける役目を果たしていた。ある時、島の使いの鹿が巻物をくわえて香取の神へとつかわせられた。鹿は勇んで鹿島から浪逆(なさか)の海を渡り香取の海を越えて大倉の根方に上陸、側高の丘を超え香取に向かったときに、心ない猟師に追われた。鹿は野や林を逃げるうちに、大切な神の文書を落としてしまった。責任の重いことを感じた鹿は、狂氣のように探しまわったが見当たらず、ついに悶え死にしてしまった。鹿の落とした文書は村人に拾われ、開いてみてびっくり、すぐに香取の神に届けられたので、その地名は今も「披露(ひろう)」と呼んでいる。鹿を追った猟師はその怨霊に祟られて狂い死にしたが、村人は神鹿の心情を憐れみその霊を懇ろに祀った。それが、落書神社の起こりと伝えられている。

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    これは弊社が10年以上行ってきたツアー経験とスピリチュアルな視点から神社やパワースポット等の聖地へ訪れる際に必要となる心得をまとめたものです。ぜひ、あなたの聖地旅の参考にして下さい。